Open Nav

1症例、1症例を大切にしない獣医師は
多くを救うことができない。

#14川瀬 広大

経歴
2007年 3月 酪農学園大学 獣医学部(伴侶動物医療部門 麻酔科)卒業
2007年 4月~ 愛知県茶屋ヶ坂動物病院に勤務し、心臓外科、
心臓麻酔、 体外循環、集中治療を学ぶ
2012年 6月~ 北海道ハート動物医療センター、
富良野アニマルクリニックに勤務
2014年 1月~ 札幌夜間動物病院に勤務、現在に至る
2018年 3月  酪農学園大学にて博士(獣医学)を取得

奇跡を体験し、救急診療にのめりこんだ

救急診療に興味をもつ獣医師の先生が増えています。
川瀬先生は、獣医心肺蘇生ガイドライン(Reassessment Campaignon Veterinary Resuscitation:RECOVER)の国内での普及活動に関し、中核メンバーとしてご活躍されていますが、まずはRECOVERの動向から教えてください。

川瀬先生:

現在はVECCS(Veterinary Emergency and Critical CareSociety)という救急医療の協会が、CPR(心肺蘇生法)のガイドラインを策定し、普及を図っています。この協会の中心となるのがDaniel J.Fletcher先生、Kenichiro Yagi先生であり、これらの先生と共に、私たち救急医が日本での普及へと動き出しているところです。

心肺停止で助からなかった動物の生存退院率が、このガイドラインのおかげで6~10%まで上がってきました。“心肺蘇生の壁”が、獣医療の進歩で乗り越えられるようになってきています。私もトレーニングを受けてRECOVER認定トレーナーとなりましたが、日本でも認定トレーナーがさらに増えれば、動物の救命へと寄与できると考えています。

またRECOVERがガイドラインの改訂を行っているのですが、文化的・宗教的な違いからか、アメリカでは安楽死を選択するケースが多く、また、獣医療において心肺蘇生に関するデータはごく限られているのが現状です。日本では、獣医師・飼い主ともに最後まで治療継続を望むケースが多いので、日本発の有益な情報が積極的にガイドラインへと反映される可能性があります。もちろん、当院からもデータ提供を行っています。

― 日本は救急の最先端を目指しているのですね。川瀬先生が救急診療に興味をもちはじめた経緯を教えてください。

川瀬先生:

大学時代、私は麻酔科の研究室に所属しており、柴﨑 哲先生(関西動物ハートセンター)が先天性心臓奇形の手術を行った際に麻酔の担当を任されました。そこで心臓麻酔に興味をもったことが、最終的に救急医療を目指すきっかけになったと思います。循環器疾患の中には心原性肺水腫のように急性発症することも多く、緊急対応を要求されることがあり、循環器疾患の勉強を進めていく中で、救急診療にも興味が湧いてきました。

大学を卒業後は、動物の循環器外科の先駆者である金本 勇先生の病院である茶屋ヶ坂動物病院にて勤務しました。麻酔科医にとって、安全な麻酔技術が確立されている一般的な手術は、それほど怖さを感じることはありません。しかし、心臓の手術は直接心臓に触るわけですから、不整脈も出るし、出血も多い。血圧や心電図の管理に関して、高い水準の技術と知識が求められます。難しいからこそ面白く、やりがいを感じました。循環器科には緊急症例が多く来院するわけですから、同等の難しさとやりがいを救急疾患にも見出していった・・・といったところです。

重症患者に遭遇したときは、今でも大量のアドレナリンが出ます(笑)。今まで助けることができなかった症例が奇跡的に助かる、心肺停止だった動物が自力で食餌ができるまで回復する──こうした奇跡を経験できるようになってからは、より救急診療へと注力していくようになりました。

理想の救急診療とは?

― 川瀬先生が考える、理想の救急診療とはどういうものですか?

川瀬先生:

動物の状態が悪く一刻を争う状況だったとしても、複数の治療選択肢が用意でき、それぞれがどれくらいの救命率であるかを冷静に示してあげられるのが理想だと考えています。例えば、肺水腫で喀血している犬の飼い主には、「このまま内科的管理をしたら助かる確率は3割かもしれないです。でも、麻酔をかけて肺にたまった液体を排出させ、呼吸機能が回復するまで人工呼吸管理ができれば、7割の確率で助かる可能性があります」という提示ができ、その後は飼い主が選んだ選択肢を全力でサポートしていく形です。このように、重症患者の急性期をサポートし安定化させ、以後の治療につなげていくことが救急医の仕事だと思っています。

よって、救急の仕事をまっとうするためには、飼い主が選択した治療を確実に実行できる習熟した技術が必要になりますし、少しでも有効だと思われる治療法については、知識と技術、その双方を追い求め続ける姿勢も必要になると思っています。

― 有効だと思われる治療法を追い求める、ということについてもう少し詳しく教えてください。

川瀬先生:

猫の血栓症であれば、「血栓を溶かす薬を投与する」「これ以上血栓ができない治療をする」「血栓を取る治療をする」の三択、もうひとつあるとすれば「安楽死」になると思いますが、薬を投与する・血栓が出来ない治療をする、というのはおそらくはそれほど救命率は高くはない。しかしある時、平川篤先生(ペットクリニックハレルヤ)が報告した「バルーンで血栓取ったら意外といける」とのデータを見た時、私たちは「それをやるしかない!」と思うわけです。助かるのであれば。

そして平川先生に色々と教えていただき、トレーニングを積んで“バルーンで血栓をとる”ことに習熟していく、ということを繰り返しています。

また、病院スタッフにも救急に対する知識や経験、緊張感を共有してもらうことが大切です。当院の治療成績がよいのは、スタッフ全員が救急医療に関して貪欲だからです。病院内では、治療の過程はすべて録画しており、治療後はすぐに全スタッフでミーティングを開いて結果を共有し、そのときに施した治療の根拠や改善点を話し合います。この話し合いには、獣医師だけでなく動物看護師も出席しています。治療の際には全力を尽くし、その診療で踏まえた反省点を次の症例への糧として活かしています。

― 最後に、若手の先生方にアドバイスをお願いします。

川瀬先生:

治療に関し分からなかったこと、救命できなかった症例などをそのままにしないでとことん追求していくこと、そして動物の死を無駄にしないことが大切です。少しでもいいので、「もう少しできることがなかったのか」と常に自分に問いかけ、考え続けてください。

たとえ動物を助けられなかったときでも、そこに向き合う姿勢がないと、獣医師としても人としても成長できません。うまくいったときもいかなかったときも、次に活かせることはないかと考えることが重要ということです。それなりにうまくいったとしても、100%完璧な治療などありません。「もっとよい方法があったはずだ」と考え続け、1症例1症例を大事に、1つずつ経験を積み上げるしかないと思います。

1症例、1症例を大切にしない獣医師は多くを救うことができない──この言葉を心に留めておいてください。

“川瀬 広大”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、川瀬 広大先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

CLINIC NOTE No.157号 (2018年8月号)
短頭種の好発疾患:後編

獣医学の“標準診療”を学ぶ総合情報誌
月刊 A4判 116頁

本体価格3,048円(税抜)

川瀬 広大先生お勧めコメント

ベーシックな診療から幅広い分野をカバーしている1冊。最近のトピックにも力を入れており、デザインも一新されさらに見やすくなった。特に最近注目されているやや若手の先生方が書かれているのも、非常に面白いのではないでしょうか。私の連載も掲載されています(隔月)。

Veterinary Circulation No.25号 (2018年5月号)
覚えておきたい特徴的な心疾患─心腔の異常─

小動物循環器科専門誌
季刊 A4判 112頁

本体価格6,000円(税抜)

川瀬 広大先生お勧めコメント

最新の循環器情報をアップデートしてくれる、また生理学から丁寧に解説してくれる1冊です。ベーシックな内容からコアな内容まで多岐にわたり、循環器を学ぶ人にはマストな1冊ではないでしょうか!

J-VET 377号 (2018年8月号)
発咳

小動物臨床総合誌
月刊 A4判 100頁

本体価格3,333円(税抜)

川瀬 広大先生お勧めコメント

クリニックノートをさらに病態生理から奥深い知識まで高めてくれる雑誌の1つではないだろうか。最新の海外雑誌(J-VET ANTENNA、Compendium、UK VET)の翻訳もあり、最新情報に触れることができることは非常にありがたい。

ForVET21シリーズ!
Teton最新獣医臨床シリーズ クイック・リファレンス
犬と猫の救急治療・投薬 プロトコール・ハンドブック

著:Maureen McMichael
協力:John Debiasio,Christopher G.Byers 監訳:青木 忍
A4版変形・リング製本 オールカラー 272頁

本体価格12,000円(税抜)

川瀬 広大先生お勧めコメント

緊急症例時に的確にクイック検索するために必要な1冊です。必要な内容を短的にまとめてあり、薬用量なども掲載されているため非常にみやすいのが特徴です。エマージェンシー対応のために1冊もっておくことをお勧めします。

【絶版】小動物の心臓病学-基礎と臨床-

著者:Mark D. Kittleson, Richard D.Kienle 共著
監訳:局 博一(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)・若尾 義人(麻布大学獣医学部教授)
サイズ:A4判 上製本 約760頁 写真・図表834点(カラー120点)

川瀬 広大先生お勧めコメント

今は絶版となって購入できないが、自分が臨床一年目で循環器外科を中心とした病院でなんとか必死についていくために始めて購入した1冊である。病態生理から丁寧に記述され、獣医循環器診療において基本となる1冊であることは間違いない。

川瀬 広大先生お勧めコメント

人医療におけるICUブック。病態から治療に至るまでエビデンスベースの治療を網羅している。わたしは、この本を軸に診療にあたっていると言ってもいいほどこの本を頼りにしています。

SMALL ANIMAL CRITICAL CARE MEDICINE 2ed

川瀬 広大先生お勧めコメント

アメリカ獣医療の救急集中治療のエッセンスが全て書かれていると言っても過言ではない1冊。救急をやる先生はぜひ持っておきたい本の1つである。